なぜ私たちは正月に魚卵を食べるのか?――「子孫繁栄」という祈りの本質を歴史から学ぶ
12月も後半。仕事帰りにふらっと立ち寄ったスーパーの鮮魚コーナーを見て、私は思わず足を止めました。
「……いくら、数の子、子持ち昆布。どこを見ても魚卵、魚卵、魚卵……!」
つい数日前までは切り身や刺身が主役だった棚が、いまや赤や黄金色の「卵」たちに完全に占拠されている。あの独特の光景を見ると、「あぁ、今年も正月が来るんだな」と、嫌でも背筋が伸びるような感覚になります。
でも、ふと疑問に思いませんか? 「なぜ、お正月はこれほどまでに『魚卵』ばかりが並ぶのか?」
そこには、現代の私たちが忘れてしまった、先人たちの切実な願いと驚くべき歴史が隠されていました。
理由その1:圧倒的な「子孫繁栄」のシンボルとしての役割
なぜ魚卵なのか。その答えは、一粒の卵が持つ「生命の爆発力」にあります。
「子孫繁栄」という言葉は、現代ではどこか教科書的に聞こえるかもしれません。しかし、一腹に数万、数十万という命を宿す魚卵の姿は、飢饉や疫病が隣り合わせだった先人たちにとって、最強の「生のエネルギー」の象徴でした。
一つの個体から、計り知れない数の命が溢れ出す圧倒的なビジュアル。 「一粒でも多く生き残ってほしい、命を繋いでほしい」 そんな理屈を超えた切実な願いを、彼らは黄金色の粒や鮮やかな赤の球体に投影したのです。
理由その2:いくら・筋子が象徴する「魔除け」と、鮭が命を懸ける「回帰」のドラマ
数の子が「数の爆発」を象徴するなら、いくら(鮭の卵)が担っているのは「色の魔力」と「不屈の精神」です。
「赤」に託された、命を守る境界線
日本文化において、鮮烈な「赤」は単なる彩りではありません。古来より赤は、災厄を払い、邪気を寄せ付けない「魔除け」の象徴でした。 おせちの重箱の中で、いくらが放つあの血色のような赤は、新しい一年を病や災いから守り抜くという、先人たちの生存への防衛本能が形になったものなのです。
「筋子」から「いくら」へ:日本人の執念が変えた形
実は、おせち料理としていくらが一般的になったのは、歴史的には比較的最近のこと。かつては膜に包まれた「筋子」として食べられるのが主流でした。 現代の私たちが好む、一粒一粒が独立した「いくら(ロシア語で『魚卵』の意)」の形は、大正時代にロシアから伝わった製法を、日本人が「より美しく、より宝石のように」と独自の美意識で磨き上げた結果です。
自分の命と引き換えに川を遡上し、次世代へバトンを繋ぐ鮭。その壮絶な「母川回帰(ぼせんかいき)」のドラマを経て届けられたいくらは、まさに「命を懸けて守られた、究極のバトン」なのです。
理由その2:数の子の「肥料」からの逆転劇

かつては「肥料」だった歴史が信じられないほどの輝きを放つ、現代の黄色いダイヤ。
今では贈答品として丁重に扱われる数の子ですが、江戸時代から明治初期にかけての扱いは、現代の私たちが絶句するほどえぐいものでした。
かつては「田畑の肥やし」だったニシンの子

明治期のニシン漁の記録。溢れんばかりのニシンの群れに、先人は「枯れることのない命」の夢を見ました。
当時、北海道の海を埋め尽くしたニシンは「押し寄せる銀の波」と称されるほどで、その主な用途は食用ではなく、油を絞った後の「肥料(鰊粕ニシンかす)」でした。その際、副産物として出た数の子もまた、肥料と一緒に田畑に撒かれていたのです。
ここに歴史の皮肉があります。現代の「黄色いダイヤ」という呼び名は、かつての私たちが「無限にあると錯覚し、肥料にするほど無造作に浪費した結果、絶滅の危機に追い込んだ」という、人間の強欲さが生んだ裏返しの称号でもあるのです。
「安価な命」に託した、先人の切実な知恵
しかし、当時の庶民の視点はもっと賢明でした。彼らは、肥料にされるほど溢れているニシンの生命力を「もったいない」と捉えるだけでなく、「これほど溢れる命にあやかりたい」という切実な祈りに変換しました。
特別な贅沢品を買えない庶民でも、目の前にある「溢れる命の塊」を食べることで、未来への希望を繋いだ。高級品を崇めるのではなく、「身近にある生命力の象徴」をいただくという、非常に合理的で力強い精神文化がそこにはあったのです。私たちは今、その希少価値(値段)にばかり目を奪われ、先人が見ていた「命そのものの勢い」を忘れてしまっているのかもしれません。
どれを食べる?お正月の主役級「魚卵」三羽ガラスの意味

食卓を彩る「魚卵三羽ガラス」。それぞれが異なる願いを背負って、私たちの正月を支えています。
スーパーの棚を彩る主要な3つの魚卵には、それぞれ異なる「歴史と願い」が込められています。
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数の子:黄金に輝く「二親」の絆 ニシン(二親)から多くの子が出ることから。親の長寿と子の繁栄を同時に願う、おせちの絶対的エースです。
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いくら・筋子:生命力溢れる「魔除けの赤」 鮭の卵。かつては「筋子」の状態が主流でしたが、その鮮やかな赤は古来より魔除けを意味し、新しい一年を生き抜く活力を与えてくれます。
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子持ち昆布:喜びを繋ぐ「ダブルパンチ」 ニシンが昆布に卵を産み付けたもの。「よろこぶ(昆布)」+「子宝(魚卵)」が合体した、いわば縁起物のハイブリッドです。
【現代の視点】お正月の魚卵、食べすぎは本当に「凶」なのか?
魚卵といえば「プリン体やコレステロール」という言葉がセットで語られ、まるで健康の敵であるかのように扱われがちです。しかし、魚卵マニアとして言わせれば、それはあまりに一方的な見方です。
「保存」という名の、命を守る儀式
魚卵の本当の課題は「塩分」にあります。しかし、なぜこれほど塩辛いのか? それは先人が、冷蔵庫もない時代に「命の塊(卵)を腐らせず、冬を越して未来へ繋ぐため」に編み出した、極限の保存技術の結晶だからです。
現代の私たちは、数値(カロリーや塩分量)ばかりを気にして、食の本質を損なっています。お正月に魚卵をいただくなら、単なる「食べすぎ注意」で終わらせるのではなく、「塩抜き」というプロセス自体を、先人の苦労を追体験する儀式として楽しんでみてはいかがでしょうか。
「吉」を呼び込む食べ方とは
魚卵はDHAやEPA、ビタミン類が凝縮された天然のサプリメントでもあります。 「体に悪いから控える」という消極的な姿勢ではなく、「凝縮された生命のエネルギーを、歴史の重みと共に少しずつ、大切にいただく」。 この「敬意」を持って食卓に向き合うことこそが、現代において魚卵から真のパワー(吉)を受け取る唯一の方法なのです。
まとめ:魚卵を知れば、お正月がもっと「めでたく」なる
スーパーで見かけるあの「魚卵パレード」は、単なる商業的な風物詩ではありません。 それは、日本人が長い歴史の中で育んできた「未来への祈り」と「生きるための知恵」が凝縮された、年に一度の特別な光景なのです。
「子孫繁栄」の形は時代とともに変わるかもしれません。しかし、自分のアイデアを形にしたい、大切な人との時間を積み重ねたい――そんな「何かを成したい」という願いは、今も昔も変わりません。
次にスーパーの鮮魚コーナーを通るとき、あの赤い輝きや黄金色の粒を見て、少しでも誇らしい気持ちになってもらえたなら幸いです。先人のエネルギーをお裾分けしてもらう気持ちで、最高のお正月を迎えましょう。
⚠️ 管理人による「批判的」なあとがき
「歴史を学ぶ」と言えば聞こえはいいですが、現代の魚卵パレードの裏には、希少価値を煽って単価を上げるマーケティング戦略も透けて見えます。かつて肥料だった数の子が「ダイヤ」になったのは、私たちが自然の恵みを使い果たしてきた歴史の裏返しでもあります。 「めでたい」という言葉に踊らされるだけでなく、その一粒が食卓に届くまでの「命の重み」を忘れないこと。それこそが、魚卵マニアとしての私の小さなこだわりです。
